デヴィッド・ボウイの「ザ・ネクスト・デイ」☆彡
27thアルバム『ザ・ネクスト・デイ(The Next Day)』(2013年)より。。
「私の目を見なさい。」彼は、彼女に告げる。
「私は、さよならを言うつもりだよ。」彼は、言う。
「泣かないでおくれ。。」彼女は、彼に別れを懇願する。
その日ずっと、彼女は、彼の愛について考えるのだ。
彼らは、通りや路地のそこいらで、彼を鞭うつ。
愚か者や唸る群衆のすぐそこで、、
彼らは、その最後の審判の歌に、満足できない。
彼らは、そのすべてに、満足できないのだ。
お聞きなさい。。
「あの娼婦の話しを聞きなさい」彼は、彼女に話す。
彼は、紙で、その彫刻を、創り上げる。
そして、それを身動き取れないように、川の土手に引きづり込む。
そのふやけた紙の身体は、暗闇の中、打ち上げられる。
そして、今や、憎しみに凝り固まった聖職者は、快楽を要求し始めるのだ。
彼の女達は、あの聖職者の快楽のため、男に扮する。
私は、ここにいる。。まだ、死んではいない。
私の肉体は、空洞の木の中で朽ち果てるとも、
その枝達は、我が為に、絞首台に影を投じる。
そして、次の日も、、
そして、次の日も、、
そして、また来る日も。。
彼ら特有の病の苦悩に、気づかないふりをし、
彼らは、彼を路地へと追い込み、階下に突き落とす。
彼らは、泥の中、彼を引き摺って、、彼の死を、賛美する。
そして、彼を、紫の頭の司祭の足元へと引きづり出すのだ。
初めに、彼らは、あなたが欲するものすべてを与える。
そして、彼らは、あなたが持つものすべてを取り戻すのだ。
彼らは、人々の足の上に生き、、人々に跪いて死す。。
彼らは、聖者を装う間、、魔王の所業を成しうる。
彼らは、彼らがそう呼ぶ悪魔のためにこそ神が存在するのだと解ってる。
彼らは、かなり下方に向かって、大声で私の名を叫ぶのだ。。
私は、ここにいる。。まだ、死んではいない。
私の肉体は、空洞の木の中で朽ち果てるとも、
その枝達は、我が為に、絞首台に影を投じる。
そして、次の日も、、
そして、次の日も、、
そして、また来る日も。。
Lyrics:David Bowie "The Next Day"
デヴィッド・ボウイの新作MVは、またまた豪華な映画仕立てでございます。
おお、ゲイリー・オールドマン、シド・ヴィシャスで、シリウス・ブラックだよね?
『レオン』の狂気な悪役のイメージが強いかなぁ。映像的にも、ひどく恐ろしいよ。
かなり、宗教色が強いので、、聖書とか読んだことのない私なぞには、難しいですわ。
怪しい聖職者と、手のひらから血を流す娼婦、そして、まさにジーザスたるボウイ??
そんな風に訳してしまいましたが、世界が深すぎるので全く理解できてない気もします。
実は、このMV消されたり復活したり、色々あったようです。かなり強烈だものねぇ。
Genius Lyrics注釈によると、、、
「The Next Day」のビデオは、デカメロンというバーで行われる。
参考文献をたどると、イタリアの作家、ボッカチオの名作が見つかる。
14世紀の中編小説集であるこの本には、聖なる教会とその慣行を批判する
多くのイメージが見られる。
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「ザ・ネクスト・デイ」のミュージック・ビデオでは、ボウイがキリスト、
俳優のゲイリー・オールドマンが司教、女優のマリオン・コティヤールが
売春婦と推定される様子が描かれている。
ビデオは、宗教の「嘲笑」シーンのために、カトリック教会の間で論争を引き起こした。
カンタベリーの元大司教であるキャリー卿は、このビデオを
「年少者的」と呼び、次のようにも述べている。
「模倣が最も誠実なお世辞であるなら、おそらくキリスト教徒は、
宗教的イメージのそのような搾取についてあまり心配するべきではありません。」
YouTube にアップロードされてから2時間後、ミュージック ビデオは、
「YouTube の利用規約に違反している」として削除された。
ミュージックビデオは、年齢制限とともに、YouTubeに再アップロードされた。
デヴィッド・ボウイ歌詞和訳一覧
9拍手👏ありがとうございました。